離れているのに近い |
セベリカンガス・タニア・アンニカ |
離れていても日本とフィンランドは似ていると思う。面白いけどちょっとびっくりすることから始める。それは言葉の発音。発音はそっくりで、意味はぜんぜん違う言葉は多い。たとえば、Kani(カニ)のフィンランド語の意味はウサギ。フィンランド語も、日本語も強勢はあまりないので、お互いの言葉を簡単に発音することができる。
他の似ているところは人との関係と自然との関係。たとえば、挨拶をするときの距離はだいたい一緒、初めて会う時から自然な雰囲気がでる。知らない人と話すなら、天気についてを話す。あまり目をあわさないように話しても、失礼ではない。
フィンランド人と日本人にとって、自然に対して尊敬、感動をするのは当然なことです。もしかして、その理由は昔からの信仰ではないか。昔のフィンランド人は森の中に様々な神様がすんでいると信じていた。神道みたいな信教でした。昔と変わらず、日本人は周りの山に入って、たけのことかマツタケを拾って、おいしく食べることができる。フィンランド人は森の中のベリーと様々なきのこを拾ったりして、冬に蓄える。自然の恵みが大好きなフィンランド人と日本人の家は建物としてはぜんぜん違うけど、庭に花だけではなくて、果物、野菜も育てるところは似ている。
日本とフィンランドは似ているけれど、一つの大きいな違いがある。それは、「皆と一緒にしましょう」と「一人でこのくらい出来ないとどうする?」。これは育ちかた、考えの違いだと思う。日本人は子供のころからずっと皆と一緒にするといいという考え方に育てられる。大人になると同じように皆と一緒に会社の仕事をする。和を守るは一番。その理由は、日本には山が多いので、人が住むことができる場所は少ないから、人々は昔から狭いところに一緒にすんでいたとからだいわれている。フィンランドはその逆。昔から人は少ない、一番近い隣が10-20キロ離れていても可笑しくない。そんな事情で、子供は出来るだけ早く、実行力のある人に育てる。他の人に頼らないように、自分で何とかできるようにという考え方がある。
似ているところも、違うところもあって、日本とフィンランドはお互いに興味をもって、いろいろな交流をすることができた。そういう交流がなければ、私はこの山口に来ることはなかったかもしれません。ここに来て、色んな経験をして、人々と出会えて、いいことだと思う。
|