〜県知事賞〜 |
「第二のふるさと」 |
華陵高等学校二年 糸野 未梨亜(いとの まりあ)さん
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私は生まれつき暗い所が見えず、視野も狭いため、そのような場所ではいつも白杖をついている。そんな私がこの夏の間、三週間オーストラリアへホームステイに行った。そこで色々な人に会い、人の優しさに触れることができて、私は本当に幸せだったと思う。障害のある私を、何の抵抗もなく受け入れてくれたホストファミリーや周囲の人々が、オーストラリアの素晴らしい国民性を示しているように思う。
普通日本では、受け入れる相手の書類に「目が見えづらい」等と書かれていたら、「事故があったらどうしよう」とか「上手くお世話できるだろうか」といった心配が先に立ち、なかなか受け入れてもらえない。しかし私が滞在したホストファミリーは、生後四ヶ月になる赤ちゃんがいる家庭だった。これはオーストラリアの人達が、障害を一つの個性として認めていることを象徴しているように思う。日本では基本的に赤ちゃんがいる家庭はホストファミリーにはならないし、その家庭に障害を持っている人を受け入れることは、さらにあり得ないように思うからだ。
そしてオーストラリアの人々はとてもさり気なく私を手助けしてくれた。私がステイ先のお父さんと一緒に家へ着いた後、家の中を案内してもらったのだが、その時に
「ここにベッドの角があるから気をつけてね。」 と注意をしてくれた。
「お母さんはいつもここで足を打って大騒ぎを起こしているんだ。」
と言いながら注意してくれたので、あぁきっとこのお父さんは、目がよくても悪くても同じ言い方をするんだろうなと思って、その優しさがすごく嬉しかった。
けれどその考え方は、大人達の間にだけあるものではなかった。私が現地の中学校を訪問した時、白杖をつきながら歩く私の校内案内をしてくれた中学生は、階段の手前で止まり
「ここから階段が始まるけれど大丈夫?」
と尋ねてくれたのだ。日本でも
「ここから階段が始まるよ。」
と教えてくれる人は多いけれど、その手前で止まってくれる人は少ない。そんな普段は気付かないような配慮を中学生でもできると言うことは、その国の障害者に対する意識がとても高いと言うことではないだろうか?
また彼らは、白杖を持っているからと言って全てが見えないと決めつけず、どのような助けが必要なのか尋ねてくれた。その時私は、人格を尊重してくれているさり気ない一言が嬉しかった。
でもそんなオーストラリアでの体験を通して一番思ったのは、やはり父と母のありがたさだった。障害を持った私が、それを気にすることなく一人でオーストラリアへ行かれたことは、実はとてもすごいことだったのだ。
「障害があるからできない」と言うのではなく、「障害があっても他の人と同じように」、両親はそんな風に私を育ててくれた。将来のことを見透えると、盲学校に通わせた方が安心だったかもしれないのにそうはせず、私に人と同じだけの、あるいはそれ以上の選択肢を与えてくれた。それがどれほど大変で不安なことだったか、私にはわからない。けれどもそんな優しい両親の元へ生まれてこれて、私は本当に幸せだと思う。それはオーストラリアの人々が私に気付かせてくれたことだった。彼らは私の両親と同じぐらいの愛を私に注いでくれ、日常の小さなできごとに喜びがあることを教えてくれた。広大な大地だけでなく、人々の心も広い国、オーストラリアは私の第二のふるさとになった。
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